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2009年5月16日土曜日

★「感じる」と「考える」

 実質、これが初投稿になるので、まずはマジメ路線でいきますかw


 門司学園中学校の適性検査対策に力を入れています。日々、文章を書き慣れていない小学生の作文指導はかなり骨が折れる重労働で、なかなか思うように指導が進まずもどかしい日々を送っています。今日は、次のような問題にチャレンジしてみました。

【問題】次の文章を読んで、あなたが感じたことや考えたことなどを、あなたの体験をふまえて書きなさい。

  もっとも平凡な
松下 幸之助

 朝起きたら顔をあらう。家の前をはいて水を打つ。しごくあたりまえのこと。

 ものをもらえばありがとう。お世話になったらすみません。とりちらかしたら、あとかたづけ。別にむずかしいりくつも何もない。犬や猫ならいざ知らず、人間としてなすべき、もっとも平凡な、もっともあたりまえのことである。

 ところがこれにりくつがつく。手前勝手なりくつがつくと、いつのまにやらあとかたづけ不要。顔も洗わず水も打たず。平凡なことが何やらむずかしいことになって、何をなすべきか右往左往。

 そんなことがきょうこのごろはあまりにも多すぎはしないか。

 それもこれも、つまりは自分なりの都合のよい道を求めてのことであろうけれども、自他ともの真の繁栄への道は、ほんとうはもっとも平凡なところにある。みんなが納得するしごくあたりまえのところにある。別にむずかしく考える必要はないのではないか。

 もう一度考え直してみたい。水が低きに流れるように、夏がすぎたら秋が来るように、自然のことわりにかえって、もう一度素直な気持ちで考え直してみたい。

【松下幸之助「もっとも平凡な」(『大切なこと』〈PHP研究所〉より)】


 成功者の文章は、いやはや簡潔にして的を射ているというかドキッとさせられるというか。おだやかな口調でもってどうしてこんなに耳が痛いのでしょうか。ボク自身も反省させられますね。

 さてさて、子どもたちも、この文章に向き合ってみて思うところがあったようで、「身の回りの整理整頓やその他もろもろの日常生活において、わずか10秒足らずで済むような簡単なことを、後回しにしてしまったり親任せにしてしまったりしている」と反省(心から反省してるわけではないでしょうがw 表向きは、一応ね)。作文の書き出しはそのような内容からスタートしていました。んでもって、作文の結びは「これからは気をつけたい」という、まぁオーソドックスというかセオリー通りというか、そういう風に締めくくるという構想を思いつくまでは良かったのですが、さて困ったことに、序論と結論は決まったのに本論が書けない...という落とし穴にハマってしまっていました。

 課題文を目にしてハッと気づかされる。これは「感じる」ことであり心の活動にあたります。そして、結論の「これからは気をつけたい」もhopeでありwantでありwishなわけですから同じく心の活動ですね。課題文からこのような精神活動にシフトできるということは、健全な精神を持っていることを意味していますのでとても良いことなんですが、さて、では、その精神活動を踏み台にして脳の活動(思考)を始動できるかというと、今の子ども達は、どうもその辺りが苦手なようです。なぜなんでしょう? まだ小6だから?? いやいや、驚くなかれ、大学入試を目前に控えた高校3年生の小論文もまさにコレと同じなんです...。

 スタートとゴールは設定できる。でも、途中経過がない。このような子ども達の思考回路は何かに似てないです??

 ボタン1つで簡単仕上げ。面倒なことはいっさいナシ。そう、まさにボクたち現代人の生活そのものが「スタートとゴールしかない」状態じゃないでしょうか? 余分なことは一切不要。全ては機械任せでラクチン! ボクはどうしてもコレに関係しているようで不安を感じずにいられません。生まれたときからほとんど試行錯誤せず機械的に日常生活を送ることができる至れり尽くせりの現代。ボクと同じようにコレに不安を感じている方っていらっしゃいませんか? インプット・イコール・アウトプット。これって、ヒザをたたくとびよよ〜んと足が跳ねる、あの「反射」と同じですよね...。

 それともう1つ。ボクは全くといっていい程テレビを見ない人間で、1年間のテレビの視聴時間は累計24時間未満である自信があります(どんな自信だよ...)。GW中に時間を持て余していたこともあり、何気なくテレビを付け、久しぶりに数時間、ぶっ続けにテレビを見たんですが、そのときにものすごく違和感を覚えました。数年前と比べてずいぶん変わってしまいましたね。刺激→興奮→いいところでCM→CM後、番組再開かと思わせておいて数十秒でまたCM。今のテレビってこればっかりじゃないですかww。これは脳が思考を停止するのが当たり前ですよ。刺激を受け心の活動はひっきりなしに行っているので退屈はしないんですが、退屈させないように次から次に異なる刺激を流されるものだから脳の思考は停止してしまうんですね。脳が考えるためには集中できる静かな環境が必要であって、外部からの刺激がある状態では人間は集中できません。

 たまに、ふと考えさせられるような問題提起がなされたりもするんですが、そこでウム考えようと思った矢先にCMに切り替わってしまう。んで、そのCMも当然ながら人の興味を惹くように作ってあるわけで、つい見入ってしまい、気づいたら「あれ? さっきの何だったっけ??」になってしまうわけです。番組を見てせっかく涙を流すほど感動しても、その次の瞬間には180度異なる刺激が流れ出すことなんてザラではないですよね?

 さてさて、少し脱線してしまいましたが、ココからが本題です。考えないことに慣れてしまった子ども達に「考えさせる」にはどうしたらイイんでしょうか? 電子レンジと全自動洗濯機とテレビをぶっ壊したらOK? 風呂は五右衛門風呂? 学校から帰って来た子ども達は薪拾い?? そんなお父様お母様がいらっしゃいましたら是非お友達になりたいですマジでw。おっと、また脱線してしまったです...。え〜と、それでは正解発表...の前にコマーシャル...というのは冗談ですが、問題提起した矢先にボクが書いてしまったら、それこそスタートしたとたんにゴールするようなものですので、ちょっとジラし作戦決行です。みなさん、せっかくのご縁ですから、ちょっと立ち止まって考えてみませんか?

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